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BEATLESS感想。

 地元の図書館に『BEATLESS』があったので借りてきた。
 ちょっと迂闊にお金使えない時期なので、試しに読んでみたいと思ったものが図書館にあるのは助かる。ただまあ、地元の図書館、「この有名どころがないってどういうことだよ!」みたいなみょうちきりんなラインナップで困惑する。本屋じゃないのだからあーだこーだ言っても仕方ないのだけど。

 それはさておいて、前にやっていたブログ以来、久しぶりにブログ上に感想を書く。
 粗相があるかもしれないがご勘弁を。
 内容を知らない人が評判を調べるためにここを訪れることもあるかもしれないので、そういう人向けに『BEATLESS』がどういう作品だったかということを、私なりに書いておくと、「目に付く悪いところは沢山あるけれど、それだけで捨て去ってはいけない何かがある」話だった。
 というか、丸一日かけて一気に読みきったので多分よく理解できてないだろうところがいっぱいある。
 これから書く感想もその一気に一読した結果の元に書くので、人によっては多分なんだそらみたいに思うと思う。
 ただ、ロボット物小説(けっしてアニメのロボット物と混同してはならない)が好きな人なら、この小説は一読しておいて損はない。多分。

 続きは以下から。

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 何かたいそうなことを書こうとしていた気がするのだが、ど忘れしてしまった。
 私が『BEATLESS』を読んでいる最中に、何度か「ラノベっぽい」と感じた。それは出会いからしてそうでもあるし、チョロい男ことアラトの性格もそうだ。シチュエーションも結構ラノベをしている。実際作者はライトノベルレーベルからも作品を出しているようだ。
 ただ語られている内容は決してエンタメ向きではない。極めてハードな「人とモノの在り方」を重厚に綴っている。
 実際私が久しぶりに感想を書こうとしたのも、単に「面白い」「つまらなかった」だけで評価するべきではない“何か”を感じたからである。
 ただその“何か”がよく分かっておらず、どう順序だてていけば良いか分からないので散文的に書いていく。

 一度、こちらも人と機械の関係性を語った『戦闘妖精雪風』を引き合いに出してみたりしたのだが、どうも評論家チックで、しかもまとまってなさすぎてこれではいけないと書き直した。
 ついでだから私の創作持論とあわせて書いてみたい。

 私は、人と機械はいつか睦むのではないかと思っている。
 全身を機械化した人間達である(http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=30878112)のようなシリーズを描いているくらいで、人の在り方はもっと多様で、このくらい思い切っちゃっていいんじゃないかなあ、などと考えている。
 機械の方はいまいち気乗りしないというか、彼らが進歩して、彼らからこちらとコミュニケーションしようとするレベルになるまでの原理を、きちんと考えてまとめ切れていないのでほったらかしになっている。
 だが機械の方から人間に関わろうとするくらいのレベルになったなら、その果てに人と機械が睦む将来があってもよいのではないかと、わりと真面目に考えている。
 BEATLESSの、「人とモノの間にボーイ・ミーツ・ガールは成立するか」というテーマには、だから結構親近感を覚えた。抵抗感さえなく、なんでもっといちゃいちゃしないんだこのぐずめ、などと中盤辺りまでは思っていた。
 だが後半になると少しずつ私の感想は変わった。作中で繰り返し「“モノ”にこころはない」と語られたのが効いてきたのか、「この在り方でよいのか」と感じるようになった。それはアラトの、レイシアに不信を抱くようになった経過とちょうど符合する。十何時間と読み続けて疲れていたのもあっただろうが。
 今思い返すと、これも一種のアナログハックだったのだろうか。いや、それを言ってしまえば小説や漫画、映画などはアナログハックの塊になってしまうのでちょっと違うかもしれない。
 ともあれ、私は機械と人との在り方についてもう少し考え直す必要がありそうだ。

 ううむ、もう少し言いたいことはあったはずなのだがちょっと時間を置いた間に抜け落ちてしまったようだ。
 実は結構再読したいと思うし、再読の必要性があるとも思っている。
 返却までにはまだ十日以上あるし、気が向いたらまた読んでみよう。